もしも啓太が女の子だったら!


岩井 卓人編


ここは都内のとあるカウンセリングルーム。
そこで今日の予定を全て終えた一人の女性カウンセラーが、帰り支度を急いでいた。

短くちょっと癖のある茶色い髪に、見るものを和ませるような優しげな顔立ち。
ベージュのパンツスーツを着た姿は、どこかボーイッシュでだが。
線の細さが際立つ体つきは、男性の保護欲を十分にかきたてるものだった。

しばらくして荷物をまとめ終えた彼女は、同僚に声をかけた。

「じゃあ、お先に失礼します!」

「伊藤先生、お疲れ様ー。」

そのとき、彼女を追うように男性が声をかける。

「あ、待って伊藤先生。」
「はい?」

顔立ちの整った青年。彼女の同僚の一人だった。
初めて彼女に会ったときから、ずっと気になっていて。
今日も、できれば一緒に食事でもと声をかけに行ったのだ。

しかし。


「あ、すみません。今日は大事な予定があって…。」
申し訳なさそうな断りの言葉に出会うことになった。


「そ、そっか…こっちこそごめんね。急に誘ったりして…。」
残念ではあったが、露骨に態度に表すのも情けなく、気にしないでと彼女を見送った。


「本当にごめんなさい。じゃあ、今日はこれで…。」


それだけ言うと、彼女は職場を出た。


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「振られたわねえ。」
その様子を見ていた同僚が、彼に声をかけた。

「ほっといてくれよ。別に全然脈がないってわけじゃないだろ?」
先ほどの様子じゃ、嫌われているわけではなさそうだし、と無理に希望をつなごうとした。
しかし。次のことばで完全に沈没した。

「知らないの?彼女、長い付き合いの恋人がいるのよ?」


「へ?」

青天の霹靂を食らった彼に、女性は壁の絵を指差した。


「ほらあの絵、作者知ってるでしょ?」
それはやわらかな青を基調にした抽象画だった。
その絵はここに来る心の疲れを持った人々の癒しにも役立っていた。

「へ…?あれって、有名な画家の…。」

「そ。岩井卓人画伯。伊藤啓斗先生の恋人よ。」


「えぇええええぇえ?!」

 
「前に一度会ったけどね。繊細なカンジのすっごい美形だったわよ?
 あきらめた方が身のためかと思うけど?」

「…そんなぁ…。」


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ベルリバティスクール卒業生伊藤啓太、
本名・伊藤啓斗は卒業してからカウンセラーへの道を歩んでいた。
それが高校時代、啓斗が自分の進む道として選んだ職であった。

それは何事も人の身になって物事を考えることの出来る啓斗にとって天職であるといえた。

もっとも、そのおかげで仕事が忙しく恋人になかなか会えないのが悩みになっていたが…。

岩井自身は、卒業後、画家としての地位を確立していった。
今では、世界的権威のあるコンクールにて入賞を果たし。
絵画ファンなら、誰も知らないものはないほどの画家となっていた。

勿論そのおかげで啓斗に会うことがなかなかできなくなっていたが。

啓斗の恋人である岩井にとっては、充実した生活を送る恋人を見るのは決していやな事ではない。
だが、もっとずっと傍にいて欲しいと思う。
だから…岩井は、あることを実行しようとしていた。
自分のわがままで、大胆にも。



その日二人は 啓斗の職場の近くの駐車場で落ち合った。

「岩井さん!」

「啓斗。良かった。」
岩井は啓斗の姿を見て、陰のあった表情を見る間にほころばせた。

岩井の車を確認すると、啓斗は恋人の元に走り、車に入る。
すると。


「ん…。」
啓斗が助手席に座ったとたん、啓斗は岩井に口付けられた。

今回は1ヶ月近く会えなくて。我慢がきかなかったのだ。

岩井はよく耐えられたものだと思った。
会うたびに、そして会えない時間が長くなればなるほどに啓斗を思う気持ちは強くなっていく。


「い…わい、さん…。」
少し離れた唇の間から苦しげな啓斗の声。
少し激しすぎたのかもしれないけど。

離したくなかった。

「卓人…だ、啓斗…。」


「たくと…、さん…。」



長い長いキスが終わり。
まだ呆けたままの啓斗を、可愛いと感じながら見つめると。

岩井は啓斗が正気に戻る前に、車を発進させた。



しばらくして、啓斗は正気に戻ったらしく。
いつもの明るい声で話しかけてきた。


「岩井さん、再来月また個展を開くって聞きましたよ。
 今回はどんなテーマにするんですか?」

「ああ…そうだな、光…にしようかと思っているんだ。」

「へえ、自然がテーマなんですね。なんだか、久しぶりですね…。」
高校時代は、自然がテーマであることが多かったが。
最近は少なくなっていたのに。

「ああ、啓斗にあった頃のことを…思い出しながら描こうかと思ってるんだ。」
岩井は懐かしげに目を細める。


ベルリバティスクール在学中。
岩井が両親との確執に見も心も疲れ果てていたとき。
転入してきた啓斗…そのときは男子生徒として入ってきたため啓太…という名だったが…に出会った頃のこと。

啓斗がいなければ、今の自分はどうなっていたのか分からない。
まだ父親に自分の作品を渡し続け。
いや、もしかしたら生を保つことも出来なかったかもしれない。

だが、啓斗に出会って、真実を暴き。
そして、二度と叶わないと思っていた両親との優しい時間さえ手にすることができた。

今は、千葉に住む両親とも時々顔をあわせ、母の料理を父と、自分と…和やかな空気の中で味わうこともできるようになっていた。

岩井が啓斗の本当の姿を知ったのは、卒業式の日のことで。
最後になるかもしれないからと、啓斗は自分が女性であることもを全て話してくれた。

勿論、最後になんて絶対にするつもりはなかったから。


ただ啓斗の体を抱きしめた。
自分にもこんな想いが抱けるのだと、驚くほどに。
強い強い気持ちで…。






「今日は、どこに行くんですか?」

「千葉だ…。俺の実家だよ。」


「え?」


啓斗は驚いた。
千葉といえば、今は無事結婚した両親の住む場所。
今まで、岩井がそこに連れて行くことはなかったのに。


「いいんですか?」


「いいんだよ。…啓斗だから、連れて行きたい。」


もう手放したくないから。
この1ヶ月でよく分かった。


啓斗をしばりつけておくことは出来ないけど。

つながっておくためにも…。


「両親には伝えてあるよ。
 俺の…妻を連れていくからって。」





                                           end


尻がつぼみ、途中でぶち切れました。
岩井さんファンの人、本当にすみません。時間があったらまた書き直そうかな…。

とりあえず未来ネタでプロポーズです。
啓太くんは将来カウンセラーというのは、私の中でほぼ決定事項ですね…。
だってぴったしだと思うんです…。

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